震災から3年がたちました

震災から3年
 
3年前の5月連休に4日間でしたが、お手伝いに行った石巻市
狐崎浜という漁港で壊れた(小破)住宅の修理と片付けの班に入れてもらいました
 
その帰り、半島の反対側は・・・
集落があったとは思えないほどの「砂浜」となっていました
「あ~~~・・・・」としか言いようのない光景
久しぶりにピクチャファイルを開いてみました
 
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「砂浜」となった集落
この道の両側に日々の暮らしがあったそうです
 
 
しかし、特に印象に残ったのは、一緒に働いた新潟県長岡市からのボランティアチーム
 
長岡技術工科大学の土木建築系有志と伝統祭太鼓保存会に入っている大工さんサッシ屋さんの混成チームでしたが、テキパキと修理や崩れたブロック塀の片付けを見事にやっていました。
 
「中越の恩返しをしよう」ということで
新潟県内には、高校野球部OB会に災害対応部隊があったり、お祭りなどの準備委員会が災害対応委員会を兼ねていたり、大学にボランティア部とい うのがあって、普段は特別支援学校の遠足手伝いなどをしながら、災害時に障がいの有る人にどう接するかを学んだりする部活まであるという話を聞きました。
長岡からだけでも、20以上のチームが東北各地に入っているとのことでした。
 
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崩れたブロック塀を片付ける長岡のチーム
2011年5月  石巻市狐崎浜にて
 
阪神淡路の恩返しを・・・・
ちゃんと準備をしておかなければできませんね
でも、「災害訓練」をメインにするとなかなか続きません
学校のOB会や、商店街、商工会議所のイベント担当の人々が「災害援助を意識して活動する」と即応できるように思います。
もちろん、車、装備を日ごろから整え、派遣する人々の技能・特技をしっかり掴んでないとダメですが
 
震災から3年
もう一歩、災害対応に向けて
阪神淡路の恩返しを・・・
そうできるように、考えを巡らせた一日でした
 
明石海岸と神戸元町の設計事務所「スペースプロ」から御伝えしました